おあしすのブログ

 おあしすの室長ブログ。
 

素敵な憧れの人

2018-07-03
「ウッドストックでギターを燃やした」ときジミ・ヘンドリックスは25歳。「イマジン」を書いたときジョン・レノンは30歳。「E.T.」公開のときスピルバーグは35歳。「七人のサムライ」のとき黒澤明は44歳。とても面白かった演劇やコンサートの帰り道、感動とともに複雑な嫉妬を覚えます。図々しくもそうした表現者たちと同じ土俵に立っているつもりで妄想を巡らせ一喜一憂するのです。 
そればかりでなく「将来何になろう?」「将来どこに住もう?」何てことも日に1度くらい考えてしまいます。40も半ばを過ぎて子どもの頃からすれば今はまさに将来。仕事、育児も本番真っ最中である筈ですが、どこか人生をリアルに受け止めきれず、今はまだリハーサルなのではないだろうかと、現実逃避することもしばしばです。
それでも「まだ本番ではないのか?」と問われれば、子どもが生まれた時期くらいから大事なことが日常に詰まってきたように思います。よく年齢を重ねるごとに1年が短くなると言われ、私もそう感じてきましたが、同時に言葉や相手の表情、雰囲気や景色など一瞬の出来事がとても大事に感じられてきました。これまで見過ごしてきた日常の何気ない風景、会話が永遠に感じられ何度も反芻するように思い起こす。そのことが楽しいのです。
私の日常は朝5時の犬の散歩から始まり、詰め込んだ弁当を抱えてモノレールに。日中は相談支援専門員として働き、家に帰りバタバタと夕食作り、家族との会話を肴に晩酌して寝る、単調なものです。ですが、この暮らしの一場面、その一瞬を大事にすることが、生きることを諦めないこと、面白がることに繋がるように思っています。世の中にはどうにも太刀打ちできないような理不尽と残酷が溢れています。「最悪だよ。」と悪態を吐きつつも、面白がることでしたたかに生き延びる、そんな人に憧れます。
面白がることから諦めないことに繋げたいと言えば、多摩療護園/自立生活支援委員会(2002年~)が今年6月から地域連携・エンパワメント委員会として新たなチャレンジを始めようとしています。医療的ケア度が上昇するなど利用者さんの重度化、病弱化の傾向が高まり、体力・気力の低下とともにやりたいことも潜在化する。そうした状況を何とか打開したいことからの委員会再編ですが、たとえ利用者さんの意向を掘り起こしたとしても社会・人的資源の不足、嚥下機能の低下など、やりたいことの前にリアルな壁が迫ります。エンパワメントを高めたいのは利用者さんだけではなく、職員も同様です。個々人の障害特性に応じたエンパワメントの向上を諦めず、諧謔を武器にしたたかに利用者さんと歩んでいける、そうした委員会に育てたいと思います。

本当の私って一体?

2018-05-24
 20歳の頃、連れられて行ったカラオケ店で自身の歌が録音されたカセットテープをサービス?で貰ったことがあります。ん!?と思いつつも、何の気もなしに自宅で一人聞いてみたところ、そこには驚くほど下手な歌と自分が知らぬ自身の声がありました。恥ずかしさが一気に込み上げ、「地底人の声、地底人の声」と、友人にからかわれていた訳を知りました。また最近では街でビルに映りこむ自身を認められず、見知らぬオジサンと思い込む容赦がない現実を痛感することも増えました。そうした苦い経験を繰り返すうち、この頃では自身を俯瞰的に見ようとする意識が自然と働くようになりました。すると自身の立ち居振る舞いに違和感を覚えた多くの場合、自意識が働きすぎることで不自然なカラクリ人形のような動きになっていることに気がつきました。では直せるかと言うと、その事実を知ったところで自身の動きを更に意識してしまい、しなやかでエレガントな動きをする素敵な人への道は遠のくばかりです。
 先日「おあしす」にいらしたご家族に似顔絵イラストのプレゼントを頂きました。イラストの中の私は素敵で「本当!?」と思ったものの、「素敵!」と人に言ってもらいたい一心で何人かに見てもらいました。結果、好意的な人はまず「笑う」ということが分かり、「とてもいい」的なことも言ってもらえました。実は赤ん坊の頃に似顔絵師が描いた絵が実家にあり、その後も誇大誇張した似顔絵を何度となく同級生に描いて貰いました。またお祝いに友人が描いてくれた絵の中で叫ぶ私の額にはお決まりの肉の文字、今も大切に玄関に飾っています。そうした絵とは一線を画す頂いた似顔絵イラストですが、私をよい意味で深読みして頂いた上で好意的に描かれている、その点で共通しているように思います。
自分のイメージ像は他者が抱くものとは異なり、こう見てほしいと願ってもまず思うようにはなりません。それは個々人の個別性のみならず、出会いのきっかけや場所、更には体調などもイメージ作りに影響するかも知れません。イラストの私はドラえもんのポケットの中から安心という光る玉を取り出しています。ドラえもんのように素敵な道具を持ち合わさず、寄せられた期待の大きさに一抹の不安も感じますが、相談支援専門員として身の引き締まる想いを感じた出来事でした。
ありがとうございました。

孤独をモノレールに乗って考える

2018-02-28
  東京緑新会で働き十余年、バイクや自転車などで通勤してきましたが、最近はもっぱらモノレール通勤です。流れる景色を見ながらも道を安全に進むことを優先する通勤から、本を読んだり、疲れていれば眠ることもできるスタイルへの移行です。人込みをかき分けて先を急ぐ時など、四十半ばにして大人になった気分ですが、よく晴れた日は富士山がきれいに見えたと嬉しくなる立日橋下の多摩川は子どもの頃の遊び場です。車内に知る人はいませんが職場に着けば仲間がおり、家に帰れば家族が待っています。休日は多摩川で遊んでいた友人と未だに遊びもします。寂しさを感じたことはあっても、苦労知らず、世間知らずでこれまできてしまい、相談支援としてもリアルな孤独に触れてこなかったと思います。
 
 が、英国のメイ政権が新たに「孤独担当相」を設置したとの新聞記事を1月に読みました。人口6,560万人のうち孤独を感じている人が900万人以上、その3分の2が「生きづらさ」を、障害者では半数が孤独にさいなまれるとあります。また調査委員会は「孤独は肉体、精神の健康を損なう」と警告し、肥満や一日15本の喫煙よりも有害で、孤独がイギリス国家に与える影響は年間320億ポンド(約4.9兆円)に上るとしています。今後英国がどのような対策を講じるか分かりませんが、記事半ばから日本の介護保険が重視している「自立支援」と比較して考えてしまいました。
自分でできることは自分でする。できるようになることを助ける「自立支援」。年齢を重ね心身機能が弱まったから、リハビリや訓練を行うことで元に戻そうとする。本人が望む限りは良いことですが、介護保険制度の寿命を引き延ばすことが目的で無理強いをするとしたら問題と感じていました。また一億総活躍社会が進められ「我が事・丸ごと」では、福祉分野においても「支え手側」「受け手側」だけでなく、あらゆる住民が役割を持ち支え合う。地域コミュニティが公的サービスと協働して「地域共生社会」を実現するとしています。耳障りの良い単語が並びますが、ビートたけしの著書「テレビじゃ言えない」では「国が国民に『頑張れ』と強いるのは、考えてみれば『働いて税収を増やせ』『社会保障に頼るな』と言っているのと同じ、気に食わない」と書かれています。また三島由紀夫は「『愛国心』という言葉があまり好きではない」「官製のにおいがする」と書いています。時代背景、思想など諸々違っても、それは「お上」から言われることではないと。腑に落ちます。
英国の「孤独担当相」は少し毛色が違うのかも知れませんが、市場とビジネスが優先される傾向が障害福祉に押し寄せることを危惧しています。末端の相談支援専門員が考えることではない大きなテーマから「そうか『孤独』と『孤立』は違うか?自分は孤立か?」「夕飯何にしようかな」等など、ぼんやり頭で考えながら、今日もモノレールで通勤です。

疲れとしがらみを知る私

2018-01-25
 私が『地域生活相談室おあしす』に配属された4年前は計画作成が優先され、本来の相談支援の役割が全国的にも先送りされることもありました。事業所を取り巻く状況と目の前のニーズに押されるかたちで業務量は増え続け、今では138名の計画相談を担当します。丁寧な支援を行う上で課題となる数字ですが、この件数を抱えたことで見えてきた地域のニーズもあります。が、昨年4月から『おあしす』は3名体制から2名体制となり、確かな引継ぎを大前提に計画相談件数を調整することが大方針となりました。
 
 簡単に調整と言っても・・。自宅で考えていたら、「誰もが歌える大ヒット曲のない年がついに来た!」とする2017年音楽回顧の新聞記事が目に留まりました。コンサートやインターネット配信は盛んなものの、多様な音楽が大量に流通し、人々の好みが細分化する傾向が強まったことが原因か?とあります。確かに人気上位にいた個人、グループ名を知るも曲を知りません。友人と楽しく話せる情報や事柄が周囲の人に伝わらない。そんな経験を何度となく繰り返し会話の線を引く、誰もが当たり前に行う対人方法。これがエンタメ情報であれば課題となりませんが、常識も共有できないとなると事態は異なります。
 
 共有できないと言えば話は一変し昨年のことです。開店直後を狙って床屋に行く私はその日も一番乗りでした。案内され席に着くものの店主はまだいない。自宅兼店舗の床屋さんではよくある光景です。するとスウェット姿の店主が出てきて「いらっしゃい!」、そのまま私の隣に座るや自身の頭を洗い出しました。客用タオルで頭を拭きドライヤーをかけハサミの入ったベルトを腰に巻いて、「今日はどんな感じに?」。日曜の朝、トイレのみ済ませて二階から降りてきたであろうその姿に、丁寧な仕事をする職人気質な店主像は崩れました。家に帰り家人に話すと「意地張らずに予約して行けば。」と言われてしまいましたが、感覚の違いというものは怖いものだと思いました。店の予約状況に休日のスケジュールを合わせるなんて・・。そうしたことは床屋さんにとどまらず多方面に及びます。面倒なこだわりのおかげで随分損もしたように思いますが、面白がってくれる人もいます。
 
 相談支援で計画相談を実践する場合、人となりを構成するであろう、その人が持つ情報、好きなこと嫌いなこと、三者三様のこだわりなどを無視することはできません。いつだったか研修で「認定調査票、主治医意見書、アセスメント票などを基に人工知能(AI)が計画相談を作成する時代が来るかもしれない。」と冗談交じりに話す講師がいました。確かにAIの進歩はすごいものです。心身の状態、人となり、制度、福祉資源のみならず、障害福祉の歴史から理念、地域のインフォーマルな社会資源、最新の医学知識・情報などを網羅したビックデータから、何億通りもの計画を瞬時に導き出せるとしたら。しがらみなどもなく疲れを知らないAIがすごいスピードで正確に計画相談を進めていく。プロ棋士でさえAIに勝てなくなってきている時代、さらに進化するAIが福祉業界入りする日は近いのかも知れません。AIになくて私にあるものって何だろう?それにしてもお腹もすかないし疲れ知らずはかわいそうと思う反面、しがらみがないのはいいなと妄想するお正月でした。
 
 今年も宜しくお願い致します。

年の瀬に百年の計を考える

2017-12-25
 年の瀬が迫ってきましたが、12月中旬以降が長いことを毎年感じています。ルーチンワークに加え、いわゆる飲み会、夜の活動が盛んになる上、私生活でも大掃除、買物、クリスマス・正月準備と逃れられぬ事柄が山積することが理由です。昨夜のつけを帳消しにするが如く二日酔いお疲れモードでこなす換気扇の掃除は辛いものですが、今日も「晦日の件だけど・・」20数年続く地元の年末恒例行事に誘われ、「よろこんで!」と快諾してしまいました。普段大してお呼びもかからないのに、年末は売れっ子芸人のような過密スケジュールです。その都度全力投球してきた若い頃と違い、体力が落ちた分、よく言えば落ち着いた、悪く言えば日和ったスタイルで臨む今の方が楽しめるのかも知れません。
 
 これが大人の(オヤジの)余裕と言うものか?などと感慨深く犬の散歩をしていると、近所のお庭に重機が入っている場面に遭遇しました。よく見ると家も壊され見るも無残なかたちです。いつからか広いお庭の植木の手入れが悪くなったことが思い出され、家人が居なくなったのであろうと推測しました。私の住む街はこうした立派なお庭があるお屋敷が残っていて、雨戸を締切っていると思っていると、やがて取り壊され整地される。後はお決まりの分譲住宅が立ち並ぶ風景に姿を変える。そうした変遷を何度も見てきたように思います。
 
 「平均寿命が上がり、少子化に伴い出生数と死亡数が逆転、働く世代は減り続け高齢化率が伸びる。また核家族化が進み2010年には一人世帯が一番多くなった。」と先日の研修(H29年東京都自立支援協議会セミナー「超高齢社会における障害者と家族」)で教わりました。要約すると「地域で暮らす障害者は今も主たる介護者が両親または家族であることが多く、病弱化、重度化が高まる50歳代に介助者である両親が80歳代となる。そのことで問題が発生してくることを誰もが知っているものの、支援体制が限界を迎える時期、世帯分離を進める頃合いが分からない。本人、家族のライフステージに応じたサービス利用経験なくして世帯分離は不可能であり、事業所開拓、人材育成、各申請なども適時進めておかなくてはならない。」といった内容であったと思います。
 
 相談支援を実践する立場から学ぶことが多い研修でしたが、よく考えてみるとライフステージに応じた準備は、障害者やその家族だけではなく誰にでも必要なことが分かります。散歩途中で見た広いお庭の家主だけでなく、誰もが自らの寿命のみならず、この先どのような病気を患うのか、なんてことも分かっていません。また逆にライフステージが分かっていても予定調和とはいかない気がします。
 
 相談支援の実務のなかでは難しいですが、私自身のライフステージを考える場合、100年、親子三代の大きな単位で考えることにしています。ルーツを知ることで生まれてきた理由を知り、自身が居なくなっても続くことを考える、そうすると少しくらいの失敗も100年で取り戻せばいいか、と根拠の無い余裕が生まれる気がします。
 
 何事も備えは大切ですが、そのことに捉われ不安を煽ってもいけない、私のように呑気でもいけない、相談を受けることの難しさを考える日々です。
 
 
 
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