園長ブログ

 園長のブログを更新していきます。
 

災害に向き合う困難さと災害に備える勇気

2017-12-21
 「大規模災害発生に、どう対応する?災害時に設置される『災害ボランティアセンター』には、被災状況やボランティア相談など、様々な情報が寄せられます。数々の情報をどのように整理し、どう対応していくのか、グループごとに検討する訓練です」との呼びかけのもと、日野市内で災害ボランティアセンター立ち上げ訓練が、12月13日、「ひの煉瓦ホール」(市民会館小ホール)で開催され、約100人の市民が集まりました。

 災害ボランティアセンターは、実際に必要とされた場合、日野市の要請で日野市社会福祉協議会が立ち上げることになっていますが、とても社協の職員さんだけでは対応ができません。そのため、市民や有識者・関係団体が日野市の協力などにより「みんなで作る日野の防災プロジェクト」を設置し、このような企画を共同で取り組んできました。私が代表となった日野市社会福祉法人ネットワークでも重要な協力事業の一つと位置付けており、多くの法人・事業所の皆さんが参加されました。

 訓練は、6人程度のグループに分かれ、まずは災害情報が読み上げられます。「市内の河川が氾濫し、死者・行方不明者数などが地区ごとに刻々と情報提供されます。広範な崖崩れ情報もありました。さすが地元ならではの企画です。防災マップの危険地域を意識した想定被害状況で、あの辺りは低いからなあー、あそこは急斜面だしなあーと考えていると、その暇もなく矢継ぎ早に悲惨な情報が入り頭にそうした情景が浮かび上がってきます。

 「○○地区の障害施設で利用者と職員が孤立しています」〝あ~あ~、あそこの障害者施設だ“とすぐ気づきます。「さてどのような判断をしますか」という説明文でグループ討議に入りました。「確か路線バスが3台使えるという情報があったよねえ」それに乗せて避難すればいい」という意見が出ました。私は「その施設は利用者の特性の問題もあり路線バスでの避難は難しい」と答えましが、多数のメンバーがとりあえず救出まではしなければならないという意見で、私も同意しました。

 「答えは一つではないから」。確かにそうかもしれないが内心納得はいかない、改めて「情報がすべて」と思いました。そして、「危機に対応する集団の難しさ」を感じました。一緒になったグループの皆さん有難うございます。
 
 そのほか、4つのケースの質問課題を終えたのち、総括的に大学の先生からまとめのお話がなされましたが、「施設障害者と職員の避難は、消防か自衛隊でしょう。災害ボランティアセンター役割ではありません」と明快な回答がありました。

 今回の訓練では、やはり2011年の東日本大震災を思い出さずにはいられません。所属障害種別団体の全国身体障害者施設協議会・関東甲信越地区ブロック(1都9県)で行った物資の移送や陸前高田での障害者・高齢者への入浴介助支援です。三陸沿岸部支援のプラットホーム会議(様々な支援団体が定期的に集まって情報交換や連携協議を図る場)に交代で出席しましたが、同一地域での支援であっても、各団体の事情や思いは一様ではありません。そうした経験が懐かしく、今回の訓練を通じて思い起こされます。当日は風邪気味だったので行くのが億劫でしたが、参加して少し元気をもらったような気がします。
 
 

つぶやきから始まる園長ブログ

2017-11-10
 施設のホームページが法人のホームページとしてリニューアル化した。そしてこのブログが始まる。私が思いついたときに自由に書くことが出来ると担当者から推奨されたのだがこれは大変だ。というのは、現在の私にとって末席を汚すレベルでも国の制度・予算対策や東京都社会福祉協議会の部会、地域公益活動などに係る活動が多くなり、関心の集まることでもあるわけだが、伝えたくてもそれらは微妙で責任をもって公開できないからである。
 
 例えば報酬改定や都の補助金の議論などは様々な考え方や立場の違いに加え、過渡的状況は場合によって180度異なる結論が待ち構えていることがある。主観的なことを伝えて、デマを飛ばしたと言われたくもないし、そうかと言って持論の追求を怠るわけにもいかない。そうした悩ましい状況は、一方で自らの力不足ととらえざるを得ない本音もある。
 
 今の私は施設の営業部配属と言っても過言ではないが、営業部というのは自社製品(施設でいえば支援サービス)が如何に優れているかを宣伝して売り込む部署だ。そう理解すると、当法人が運営する福祉施設の良さを最大限アピールしなければならないが、むしろ私は施設の良さも欠点も相対的、客観的にその姿を認識し、プライバシーに触れない可能な範囲のなかで世間一般に伝えなければならないと思う。
 
 多摩療護園に勤務して40年近くになるが、施設は昔から予測しがたいことがどんどん起きて、対人支援はそう簡単なものではない。でもそこには他の仕事にはない魅力も確かに存在する。施設で鍛えられてきた人は、支援者としての素地が悩みながらそれなりにできている。地域支援という大海に乗り出してみるのも新しい発見が多くさらに遣り甲斐があるはずだ。相談支援に関わっている職員は仕事に追われているものの、生き生きとしている。
 
 「当たり前の生活を目指して」は、私が勤め始めた後に高揚した1981年国際障害者年の「障害のある人もない人も共に生きる社会を」というスローガンの施設内表現だった。今は進む重度・高齢・病弱化の中で、以前よりも目指す当たり前の生活レベルが遠のいていくような寂しさを感じる。しかし、利用者の平均年齢が40歳に満たなかった時代から60歳を超える時代となった以上これは当然の成り行きであろう。
 
 だが、高齢化とは言うものの、障害者として生きた時間が長い人にとってご自身のアイデンティテイは「障害者」であり、健常者が老人になっていく過程と同じではない。その違いはこれまで常に感じてきた。障害特性に配慮した超高齢化時代にふさわしい障害者支援を如何にして実現していけるのか、それは当法人と当園職員、利用者自身の中心的課題である。多摩療護園の50周年まであと4年余り、これからはもっと地域社会を見つめよう。揺らぎからビッグバンを経て宇宙が広がったように、地道な取り組みの先に飛躍の時を迎えよう。
社会福祉法人東京緑新会
〒191-0042
東京都日野市程久保872-1
多摩療護園
TEL.042-591-6885
FAX.042-591-6893